昭和五十一年

黒帯、新発売
Newly released in 1976.

黒帯のはじまり

昭和51年、黒帯発売当時の新聞広告がある
黒帯を広告したのは、これが最初で最後であった
今も、愛飲者の口コミで広がっている

発売当時の新聞広告

吉田健一と福光屋

黒帯は酒を酒として楽しむことができる堂々とした日本酒です。金沢の老舗料亭をはじめ、数々の食の職人に鍛え、育てられた黒帯は、まさに「料理と渡り合う酒」なのです。
味わいの理想は、旨くて、軽いこと。酒米には契約栽培の山田錦と金紋錦を原料とし、ブレンドではなく、独立した味わいの酒をヴァッティングさせることで得られる「コク」「ふくらみ」「キレ」「品」の絶妙なバランス。さらに、時間をかけてじっくりと熟成することで「まろやかさ」を加えた味わいは、肴の旨さを引き出しながら、自らの旨さをも深めていきます。

黒帯に出会ったとき、一途に酒を求めた遍歴は終わり 本物の酒との付き合いが始まる。

吉田健一 Kenichi Yoshida

かつて、旨い酒と料理を求め、文人を伴い何度も福光屋を訪れた賓客がいた。
英文学者の吉田健一である。
食通、愛酒家で知られる彼が、有段者のための酒として名付けた「黒帯」に寄せた一文には、酒の究極の命題が込められている。

酒はただのめばいいやうなものでも
味がただの酒と思はせるもので
なければならない。
それを飲む方はそれでいいのであっても、
その酒を造る方の苦心は並大抵のものでない。
言はば苦心すればする程
ただ酒でしかないものが出来上って
酒好きを喜ばせるといふことになるのだらうか。
「黒帯」はさういふ酒である

吉田 健一

黒帯推薦文「白山の雪」原稿

黒帯推薦文「白山の雪」原稿

吉田健一氏

吉田 健一 よしだ けんいち

1912 1977

吉田茂元首相の長男として東京都に生まれる。
英国ケンブリッジ大学を経、英文学者として翻訳、文芸批評、小説、エッセイなどを手懸ける。食通、愛酒家で知られ、金沢にも旨い酒と料理を求めて何度も足を運んだ。その折には福光屋にも訪れ酒宴を楽しんだという。代表作に『金沢』『ヨーロッパの世紀末』『舌鼓ところどころ』などがある。

1957 金沢初訪

吉田健一が金沢を初めて訪れたのは、『舌鼓ところどころ』の食紀行を書くためであった。
金沢市に招かれ1957年(昭和32年)が最初だった。そして、1960年(昭和35年)より16年間、亡くなるまで毎年2月に金沢に通いつづけた。当時は、東海道線米原経由、敦賀福井を経て金沢へ向かうという列車の長旅であった。

金澤に着いた五月十五日は丁度お祭の時分で、その晩は福光屋で金澤の家庭で出すお祭料理の御馳走になった。(中略)福光屋で通された座敷は壁が朱か紅殻か、何かさういふもので塗つてあって、金澤では少し上等な家の座敷は皆さうするのださうであるが、その赤は部屋を赤くするよリも、例へば泥沼を背景に紫の菖蒲が咲いてゐるのを思はせるくすんだ色合ひのもので、古びゐて派手なのはやはリこの町といふものの感じだった。そして以後、その一種の基調に似たものが金澤で眺めた庭にも、ロした食べものや酒にも、何にで付き纏つて、それでいいのだとしまひには安心するやうになった。(中略)

文藝春秋連載の「舌鼓ところどころ」 1957年(昭和32年)7月号

文藝春秋連載の「舌鼓ところどころ」 
1957年(昭和32年)7月号

吉田健一氏と特急食堂車

食堂車での吉田氏。昭和20年代から40年代にかけ、新酒の時期には毎年、金沢へ旅をした
「写真「作家の旅」より」

吉田健一氏は清酒福正宗の味わいについて「静夜思」という文章を残している。

吉田健一氏は清酒福正宗の味わいについて 「静夜思」という文章を残している。

1975 命名、『黒帯』

1973年(昭和48年)に名作「金沢」が刊行された。
物語は、主人公内山が「金沢」に一軒家を持つところからはじまる。
静かな日常を淡々と送るために持ったという家で、
主人公は地元の骨董屋に世話を受けながら、おいしいものを食べ、酒に酔い、温泉を楽しみ、様々な形で金沢を味わっていく。

当時、吉田健一氏は理想の酒について
『ただ、水のような酒をつくリたまえ』
という難問を突然授けた。
福光屋では、様々な試醸を行い、
二年間の試行錯誤の上、できあがった酒を、
吉田健一氏に飲んでいただき、
「これでよい」ということになリ、
その新しい酒の命名をお願いした。

飲む人が、
酒の有段者ということで「黒帯」と命名
さっそく推薦文をお願いした。

昭和50年黒帯の推薦文を書く朝食時の吉田健一氏と観世栄夫氏

昭和50年黒帯の推薦文を書く朝食時の吉田健一氏と観世栄夫氏

黒帯推薦文「白山の雪」1 黒帯推薦文「白山の雪」2

黒帯推薦文「白山の雪」

酒はただのめばいいやうなものでも
味がただの酒と思はせるもので
なければならない。
それを飲む方はそれでいいのであっても、
その酒を造る方の苦心は並大抵のものでない。
言はば苦心すればする程
ただ酒でしかないものが出来上って
酒好きを喜ばせるといふことになるのだらうか。
「黒帯」はさういふ酒である

吉田 健一

吉田健一

こんな変な文学者はもういない。政治一家に育っていながら、ひたすらダンディズムに遊んでいた。白洲次郎もいいけれど、そろそろ吉田健一を思い出したほうがいいんじゃないか。

松岡正剛 「千夜千冊」より

Present 現在

黒帯を広告したのは、
一九七六年 黒帯発売時の新聞広告が最後であった。

黒帯は今も、愛飲者の口コミで広がっている。

半世紀の時を重ね、今なお多くの愛飲家を魅了し続ける黒帯
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